2006年12月29日

2006年のおさらい『ドラッグ・ラグ・ブーム』と総合機構


例年のように今年(2006年)を振り返ってみる。

最近、よく目にする言葉『ドラッグ・ラグ』

いい言葉ではないが、それでも、そういう状況が日本の現状であることを認識させ、世論を味方につけることの力を今更ながらに認識させてくれた。(特にに役所や永田町でウケがいい。何故、そう いう言葉が生まれたのかも正視しないでね。)

僕たちはこの『ドラッグ・ラグ・ブーム』を逃がす手は無い。(もちろん、ブームが一過性でないように願うと同時に、こんな言葉が二度 と生まれないように努力し、二度とこんな言葉がムードで語られる時代が来ないようにする必要はある。)


僕の部屋の壁に(煙草のヤニで茶色に変色したが)2000年のある日の朝日新聞の切抜きが貼ってある。
それは、自分が「がん」になったある医師が日本以外で標準的に普通に使われる抗がん剤が日本では使えないことを、訴えた記事だ。

その後、こういうことを契機に「医師主導型の治験」が制度として、認められた。
企業努力が少ないと言われれば、「はい、確かにそうです」と僕は言いたくなる。


また、今年のもう一つブームなのが『世界同時開発』や『アジアンスタディ』
これも、日本の新薬開発が日本以外の国と比べて数年も遅れていることを反映して出てきた言葉だ。


しかし、こんなブームやムードの中、実は着実にその組織を自ら変革しているところがある。

それは民間企業でも大学でもなく「総合機構」だ。
たまに総合機構のサイトを覗くといい。(CRCの方はモニターに比べると若干、なじみが薄いかもしれませんが、これを機会に是非、時 々覗いてください。)

http://www.pmda.go.jp/


総合機構も製薬業界からの不満を今更ながらに、解消しているだけだという声もあるだろう。
しかし、その不満を解消するのがいかに大変かは、同じように組織に属している僕にはよく分かる。

なんなら、来年も今年と同じコトを踏襲していけばいいや、という組織人は、民間企業の中にも多い。
何を隠そう、実は「前例主義」は何もお役所の専売特許ではない。
30年以上の歴史がある組織なら、まず、間違いなく、保守的な人はいる。

(僕も最近になって驚いたのだが、まるで自分の肩書きが自分の人格だと言わんばかりに「それは認めない!」と言われた。そこには論理も、理屈もなく、「ただ、俺の言うことに従え」という前代未聞の(僕にとっては)体験だった。僕は面白くて、その尻馬に乗り、もう、 新しいことはこの会社では一切やらないでおこうと思ったのだが(そのほうが、僕も楽だしね)でも、どうも悪い癖はなかなか抜けなくて、影でこそこそと、新しいやり方をさっさとやっている。もちろん、会社の上層部の目の届かないところでね。……とここで書くと、社内でまた何か言われそうだが、そんなことは『馬耳東風』)



話は横道にそれたが、総合機構の活動、特に「新医薬品に係るGCP調査の進捗状況等の確認について」医薬品医療機器総合機構 信頼性保証部長 については感動すら覚えた。
こんなこと、一昔前の当局では考えられない状況だ。
 ↓
http://www.pmda.go.jp/shonin/GCPshinchokukakunin.html


……と言うことで、最近の総合機構の動きは評価に値する。(審査のポリシーも検討しているらしい。)
予算や人材の少ないなか、頑張ってください。応援します!



また、個人的には今年の夏からの母親の「製造販売後臨床試験」への参加が僕にはインパクトがあった。
地味な臨床試験なのだが、その参加打診から、結局、副作用(高度な倦怠感)で辞めることになった経緯を僕は母を通して実体験した。


普通の日本人なら、きっと思っているだろう、治験やら臨床試験への印象と、そこに参加することの不安、それを救ってくれるCRCの方の活動、医師の真摯な態度への共感、そして、自ら参加を決意しながら、これまた副作用のためとは言え、自ら試験を辞めたいと言うことの困難さ、これら様々なことを体験でき、そして考えた。


普段、たとえば目標症例数1200例、などという臨床試験、治験と関わっていると、その1200人の個人個人のことは、その数の向こうに影がカスム。

「高度な倦怠感」という事象はつかめるが、その人の「なんぎってば」(新潟弁で「疲れた」とか「体がだるい」)という言葉を直に耳に することはない。

僕はこの経験をまた、来年度の新入社員の導入研修で生かしていきたいと思った。(ついでとは言え、なんですが、新たに教育研修部に参加されたIさん、頑張ってください。期待しています。僕も、自分の持っているノウハウをあなたに伝えていきたいと思います。)



最後に……。

吉田拓郎とかぐや姫のメンバーが31年ぶりに「つま恋」でやったコンサートでは、最後に観衆が一つになって「今日まで、そして明日から 」を唄った。(最近、和田アキ子 も唄っている。)


「私は今日まで生きてきました、そして、今、私は思っています、明日からもこうして生きていくだろうと。」


25年前、大学の友人とこの歌をボロアパートでギターを弾きながら一緒に唄ったのだが、その友人が今年の年頭に肺がんで亡くなった。
ここで冥福を祈りたい。

そして、僕はこの一年間をなんだかんだとすったもんだしながら、生きながらえた。この幸運に感謝したい。




  
架空の製薬会社「ホーライ製薬」

臨床試験、治験を考える「医薬品ができるまで」

posted by ホーライ at 20:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月26日

母が市販後臨床試験に参加した

母がつい最近、ある市販後臨床試験に参加した。

すぐに参加することを決めたわけではない。


まず、実家から電話で僕に「治験の話を聞くことになった」という電話があり、「聞くだけは聞く」程度のことだった。
その治験の話を聞いたあとで、また僕に電話があり、「既に使っている薬の試験だった。」ということで、市販後臨床試験のことだと判明した。
ただ、担当医からは「治験の話」と聞かされていたようだ。
まぁ、普通の人からみたら「治験」も「市販後臨床試験」も変わらないわけで、それなら、短い単語の「治験」のほうがいいか、ということかな。


さて、ここでの父と母の反応が興味深かった。

僕の両親は息子が治験関係の仕事をしているから、普通の人よりは治験に興味がある(少なくとも、息子の食い扶持として)のだが、それでも実態はよく知らないわけだ。


電話の向こうで同意説明文書を読んでくれた父は、最新の治療を受けられるので参加したほうがいいと思ったらしい。
さらに、今は普通の医局の医師が担当医だが、もし、この試験に参加したら部長の医師が診てくれる、というのも気に入ったようだ。(なるほどね、と僕は思った。)


母は「気持ちが悪い」とまず思ったらしい。いわゆる人体実験のモデルにされると感じたのだ。
当の本人にしてみれば、これが正直なところだろう。

次に母が感じたのは「検査」が増えたら嫌だな、ということだった。

電話では埒が明かないので、夏休みに帰省した僕が、じっくりと同意説明文書を読んで解説してあげた。
もちろん、僕のスタンスとしては、参加しても参加しなくてもいいというものだ。
(その試験に参加しなくても、通常の治療で問題ないことも、僕にそう思わせた。もし、これがその試験薬しか治療が期待できない、となれば、強く参加を促していただろう。)


僕の説明を聞いていた母が「おまえのためになるなら参加しようか」と言うので、(残念ながら、僕の会社とは関係の無い治験だったので)「それはないけれど、まぁ、日本の医療の進歩のためにはなるかもね。」と言った。



結局、母がこの市販後臨床試験に参加することを決めた理由は次のものだ(と、僕は推察した)。


・試験薬は既に一般的に使われていて、かなりの年月がたっており、ある程度、安全性も有効性も分かる。(これで「人体実験」ではないと判断)

・ダブルブラインドの試験だったが、対照薬も実薬なので、いずれにしても治療効果が期待できる。

・検査は通常の診察以上に大きく増えることは無いことが分かった。

・負担軽減費として1万円がもらえる。(初回の1万円で、母はさっそく、秋のブラウスを買いに行った。^^;)

・CRCの方が優しそうないい人だった。(と母は言っていた。)


と言うことで、76歳の母は「訳の分からない、気持ちの悪そうな」市販後臨床試験の同意説明文書に、どきどきしながら署名した。(この「署名」という行為も母には「大変なこと」に参加するというイメージを植え付けた。)


きっとCRCの方に「うちの息子も治験の仕事をしている」と親バカぶりを発揮していると思うので、そのときは母の担当のCRCの方には申し訳ございませんが、我慢して聞いてやってください。


試験に参加すること決心したあとの母は、今度は結構、その試験(と負担軽減費)を楽しみにしているような口ぶりだった。

僕に似てお調子者の母なのでした。
posted by ホーライ at 18:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

CROに転職して思ったこと

ずっと長い間、製薬会社でモニターの教育担当者をやってきた。

今は、CRO(2社目)だけど、製薬会社のモニターに要求される教育とCROのモニターのそれとでは、この差は大きい。


ところで、製薬会社の製品は何だろう?
もちろん、「薬」「医薬品」などだ。

製薬会社では治験の進捗状況はともかく、実際の決算に影響するのは「今、売っている薬」だ。
もちろん、新薬が出ないと製薬会社も将来的には困るので、盛んに臨床開発のモニターにもはっぱをかけているが、それでも、取り合えず、明日の飯を食うための種は「今、売っている薬」だ。


それに対して、CROの製品(商品)は何だろう?
例えば治験のモニタリングを受託していたとしよう。
そうなると、CROの製品(商品)は症例報告書(CRF)だ、という考えもある。


しかし、僕が思うには語弊があるかもしれないが(反対意見があるのもじゅうじゅう承知の上で言うならば)、CROの製品(商品)は「モニター」の皆さんだ。


将来的な話ではなく、CROの明日の飯の種はモニターの皆さんの働きにかかっている。

CROのモニターの皆さんはクライアント(治験依頼者=製薬会社)にまず受け入れてもらう必要がある。
いくらCROの社内でモニター任命を受けていても、クライアントとの面接で合格しないと「仕事にならない」。

CROは社内にいるモニターの人たちにクライアントから受託した仕事をやってもらって、お金をもらっている。
CROは、何か、モノを作って、それを直接、売っているわけではない。

クライアントからCROに支払われる代金はほとんどが、このモニターの人件費である。

もし、クライアントから「あのモニターは外してください」と言われたら、CROにとってはそのモニターの人は、言葉はムチャクチャ悪いが「不良債権」になってしまう。(このあたりは、製薬会社の中でも似た現象があることを僕は知っているけれど、絶対的に、CRO内でのほうが、厳しい扱いになる。)



製薬会社は薬を売ってナンボ、の世界だが、CROはモニターが働いてナンボの世界だ。

だから、実はCROの製品(商品)であるモニターを磨くための「教育担当者」の存在理由は製薬会社の中のモニター教育担当者の比ではない。
それだけ、厳しい目で教育担当者も見られるわけだ。


モニターという「人材」が文字通り「人材」として評価されるCROで鍛えられたモニターとモニター教育担当者は、どこへでも転職可能だと思う。(そうでない人も、もちろんいる。どこの世界でも同じだ。)


だからと言って、製薬会社のモニターの皆さんが大変じゃないとは言わないが、僕のこれまでの経験から判断すると、やっぱり、社内のモニターよりも「契約ベース」で高い金を払っているCROのモニターへの要望は自社内のモニターよりも厳しい(当然だ)。


僕はCROへ転職して、一皮剥けたような気がします。
そして、CROで、とてもいい経験をさせてもらっていると感謝しています。(本当に。)
posted by ホーライ at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月06日

責任感は不要です、という日本

責任感は不要です、という日本です。


ついでに言うと「自分で判断させない」日本です。
何事も「自分で判断しないで」上司や組織に伝えて判断を仰ぎましょう、という日本です。


も一つ言うと「お上が判断する」日本です。企業が勝手に判断してはいけません。

「業界一線で横並び」の日本です。

「オリジナリティや創造性、イノベーション」よりも「他社情報、ほかはどうしてる?」が大切な日本企業です。

そして「赤信号でも、みんなが渡るなら、私も渡るわ」が得意な日本人です。


学校では「個性を大切」にしますが、髪の毛の色についてはうるさいです。


こんなことに今更、突っ込んでいる人は大人気ない、という国に僕は住んでいます。



人間の尊い命が「想像力と責任感の欠如」で失われるのが僕たちの作り上げている日本です。
posted by ホーライ at 05:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月17日

僕たちが世界にできること


ビル・ゲイツ氏がマイクロソフト社を引退することを表明した。
今後は慈善事業に専念するとのこと。
そりゃそうだ。
個人資産として世界でもトップクラスの人だからね。(何兆円というレベルか。)

でも、アメリカにはこうして、資産家が慈善事業を起こしたり、基金を作ったりするケースが多いね。
日本ではどうだろう?


ビル・ゲイツ氏ではなないにしろ僕たちが世界にできることは無いだろうか?
僕は『ECナビのクリック募金』を時々やっている。(ビル・ゲイツ氏に比べたら、雀の涙だが。。。)

もちろん、僕たちの仕事を通して世界に貢献できることもある。
医薬品を安価で世界に送り出すことだ。

製薬企業は、売り上げの数%でもいいから、無償で医薬品を毎年、WHOに提供するというのはどうだろう?
あるいは、日本独自の基金を作ってもいい。(総合機構の副作用救済基金を発展させてもいい。)
そうでなかったら、ホーライ製薬が作ってもいい(売名行為として、効果抜群だ!!)。


二酸化炭素の削減によって地球の温暖化を防ぐことは、日本でもかなり普及してきた。(冷房コストも削減されるしね。)
フロンガスの使用も制限されてきた。

医薬品産業も難病に対して少なくない数の治療薬を開発してきた。
それはそれで、世界に貢献している。

でも、難病の治療薬などと言わずに、もっと簡単なワクチンすら不十分な国が地球上に多くある。
そのワクチンは数百円で済む話だったりする。


中年太りが顕著になってきた僕は食費を削り、その分をワクチンに変えようと思っている。

飽食の日本に住んでいる僕たちが世界にできることは何だろう?

posted by ホーライ at 19:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月26日

対岸の火事 足元のボヤ

今、マスコミで最も震撼とさせられるニュースは? と聞かれても、毎日、震撼とさせられるニュースばかりで困るのだが、僕たちの仕事に置き換えて考えると、やはり「耐震度偽造」マンション、ホテルの問題だろう。

『偽造』、『捏造』という言葉が、過去に何度か治験のニュースとして取り上げられた。

「人が住む家での偽造」と「人の健康に関わる薬での偽造」というどちらも「消費者・使用者・患者」にとっては、「とんでもない」話だ。


それでは、医薬品業界はどうか? こういう事件は有りえる?  ……当然、有りえる。
データの偽造、捏造、できないことは無い。
そして、それをQCや監査が発見できない、ということも十分に有りえる。
世間が分かるとしたら、内部告発くらいだろう。


あの耐震度偽造ニュースをみて、自社のことを考えた製薬、医療関係の経営者はどれくらいいるだろうか?
あれは『対岸の火事』ではなく『足元のボヤ』だ。
全身が火の粉に包まれる前に、ボヤのうちに消しておいたほうがいい。初期消火こそが大事だ。

そして、ボヤの原因を探ることだ。

一番いいのは、まだ「良心」「常識」が心に残っている現場の人間が安易に心を流されないようにすることだ。
一度、そちらに流され始めた心は、会社から狙い撃ちされる。
そして、いつか同罪として裁かれる。
自分の身を守ってくれるのは自分の「良心」だけだ。


あなたの足元は大丈夫ですか?
僕の足元も、時々、確認しないとね。
posted by ホーライ at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月19日

終りなど無い

鳥インフルエンザの脅威がむくむくと頭を持ち上げてきた。
厚生労働省の発表によると、もし新型インフルエンザが日本で流行したら4人に1人が感染し、16万人が死亡する怖れがあるという。

製薬会社は営利企業なので、儲けるために「創薬」をしている。
ベンチャー企業を含め、製薬企業は創薬の時に『画期的』な新薬を目指している。


歴史を遡れば、肺炎、破傷風、結核、天然痘、リウマチ、がん、エイズ、インフルエンザ、SARS。。。などなど多くの病気の薬を科学者たちは出してきた。

僕個人が携わった治験の仕事は製造承認申請をした段階で終りを告げた。

しかし、新薬開発に携わっている僕たちの仕事に終りなど無い。
一つの治験が終わっても「これで終り」ではない。

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2005年11月13日

科学者のリレーと夢の賞味期限

「カムチャッカの若者が
 きりんの夢を見ているとき
 メキシコの娘は
 朝もやの中でバスを待っている」

……で始まる「朝のリレー」(谷川俊太郎)。

遠い昔と遠い未来を繋ぐために碁を打ち続けるヒカル。

日本の科学者がフラスコを叩きつけた時、アメリカの科学者は論文を破り捨て、フランスの科学者が植物の根を黄色の液体で煮ている時、オーストラリアの科学者は宇宙の果てを探している。

人類が好奇心を持ち始めた頃から、僕たちの時代まで続いてきた『イタズラ』。

それが明日には『法則』と呼ばれているかもしれない。

僕の『夢』の賞味期限はいつだろう?

posted by ホーライ at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月12日

携帯でも

今や携帯電話でも治験の情報が得られる時代だ。
でも、その情報は主に創薬ボランティア募集がメイン。
これからは治験の幅広い情報が携帯でも発信されるといいね。
もちろんブログでもいいし、サイト形式もいい。
僕らの健康、命が携帯電話で管理できる時代も近い。
posted by ホーライ at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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