2014年06月27日

まさに『過渡期』だね

医薬品業界は今、産官学、そろって大わらわだ。

治験、臨床試験、臨床研究、名前は違えど、目的はほぼ一緒。

ヒトに新薬を投与して効果の有無を確かめる。(あるいは新しい用法・用量、新しい治療効果等)

結局のところ、EBMの構築なのだ。



臨床研究の規則を法令化すると、研究が停滞すると「危惧」している人もいる。

データの信頼性を確保できないなら、停滞すればいい。

しょせん、その程度の臨床研究しかできない日本の医療業界なのだ。



新薬の申請も全データを電子化するという。

サンプリングSDV、リモートSDV等、モニタリングにも色々と出てきた。

EDC、電子カルテ、CDISC、eCRF、ePRO・・・・etc

IT化は日進月歩だ。


ICH-GCPも改訂作業に入ったらしく、どうやら、この手のIT化も視野に入れている噂だ。


治験のあり方、臨床試験のあり方、臨床研究のあり方。

それが、今、いっきに問われている。

医療業界はてんてこ舞いで、自分たちでどうしていいか分からないのではないだろうか?


でもね、何が変わったとしても、変わらないものがひとつある。

ヒトの命を借りて行われている治験等に対する僕らの真摯な態度だ。

データに対する真面目な意識だ。

IT化や法制化や罰則がどんなに進もうが、しょせん、最後は人間の「意識」なのだ。

で、その「意識」を変える手法と言えば、それは唯一、「教育」だけだ。(僕が教育担当だから言うんだけどさ。でも、そう思わない?)


臨床研究を実施される「偉い」先生方の資格として「ヘルシンキ宣言」を1字1句、暗記してもらうっていうのはどう?

「絵に描いた餅」ではいけないんだよね。

綺麗ごとは、もうたくさんだ。

日本の医師には臨床研究をやれるだけの能力やスキルがあるのだろうか?

資格化して欲しい。

まぁ、その前に、自分のことだけどさ。

医療業界の「常識」は社会一般の「非常識」。

「どこだってやっているんだから」と思って、やっているうちは、国民の審判の前にうなだれるだけ。

情けない僕ら。

僕もいつのまにか泥まみれ。

ここは荒療治も必要かも。

大人ぶらないでね。

今は、IT化などだけでなく、異常な世界から正常な世界への『過渡期』にしよう。

そう思わないと、やってられない。

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