こういうことは、公式の文章や会社の文章を作成している時はダメだけれど、自分で何かのアイデアを練っている時には、どんどん逸脱してみよう。
すると、思わぬ発見がある。
これは人生でも同じだ。
ときどき、予定に無い途中下車をしたり道に迷ってみたり、遠回りしたり(あるいは遠回りせざるを得ない状況だったり)すると、まっすぐ歩いていたら見ることができない景色を見ることができる。
自分のキャリアパスを考える時も「予定していない偶然」を積極的に利用する、という手が知られている。
「計画された偶然論理(Planned HappenstanceTheory)」(Krumboltz,et.1999)で「予定外の出来事は望ましいものである」と主張しています。
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●「計画された偶然論理(Planned HappenstanceTheory)
この「計画された偶然理論」とは、つまり想定していなかった「社内異動」を命じられたら、その機会を積極的に利用して、異動先のその分野のことを深く追求してみると、自分のキャリアに繋がるものが発見される、ということ。
すると、実は、それが自分にはとても合った仕事だった、ということもよくある話だ。
僕も製薬工場のQCから、治験を担当するモニターになり、されに監査担当者になって、さらにSOPを作成していたら、会社から「教育・研修担当者」を命じられ、講師をやってみた。
これが、結構、快感だったので、今の自分がある。
ちなみに、最近はさ、何でも「カリスマ●●」という言葉が流行っているよね。
カリスマ美容師とかカリスマ主婦とか。
これって、言ったもんがちだ。
例えば、今、ネットで検索してみたけれど「カリスマGCP講師」という言葉は完全にはヒットしない。
そこで、僕は勝手に、自分のことを「カリスマGCP講師です」と、ここで書いてしまう。
すると、もう今から、僕はカリスマGCP講師だ。(自称カリスマGCP講師の誕生だ。)
これで、ネットで「カリスマGCP講師」を検索すると、僕がヒットする。(まぁ、だから、なんなんだ?!ということですが。)
あなたも、さっさと、自分で自分が何のカリスマに成れるか考えて、宣言してみよう!
「カリスマCRC」とか「カリスマ治験事務局」とか「カリスマ治験責任医師」とか。なんでもありだ。
何を持って「カリスマ」というのか漠然としているし、それが(僕が果たしてカリスマGCP講師ということが)事実かどうかは別として。
と、ここでもテーマから遠回り(脱線)をしていますが。
「偶然」や「ことの成り行き」を大切にするのは仕事のことだけではない。
趣味や生き方も出会いも、これらを大切にすると思わぬ発見がある。
たとえば、僕も「ことの成り行き」で「俳句」に出会い、そうこうするうちに自分でも俳句を作ったり、GCPのメルマガなのに、俳句を紹介したりと、今では「ことの成り行き」にとても感謝しています。
10年ほど前にも「ことの成り行き」で「フルマラソン」を完走したり、「スノーボード」を攻略したり、小説を書いたりした。
それが人生というものさ。
これから大きく成長が期待できる若い人は、特に、初めから自分のキャリアや人生を想定しないほうがいいと思います。
もちろん、それなりの戦略を持って仕事や人生に立ち向かうという姿勢も大切ですが、あまり窮屈にならないほうが意外な成長が望めます。
どんなに戦略を練ったとしても、人生、何があるか分からないしね。
それに、なにより、そのほうが「楽しい」。
思わぬ出会いを大切にしましょう、と何もこれは「婚カツ」の話だけではない。
この世界は「ろくでもない世界」だけれど、この世界に誕生したからには楽しまないと、損ですよ。
ね、そう思わない?ヨーコさん。
「そうですね。そうかもしれませんね。」
だよね、デーモン部長?
「わしはコーヒーの王道をまっしぐら!カリスマコーヒー博士だ。」
はいはい。
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