2014年09月27日

みんなのメンタルヘルス

メンタルヘルスって、大事だ。

心が病む(本当は脳が病むだけど)と、長期間、会社を休むことが多い。

また、長い間、現場から離れていると、復帰することにも色々と課題がある。

優秀だった人も、それほどではなかった人でも、メンタルヘルスが問題で会社を辞める人がいると、やっぱり淋しい。

でも、本人にとっては、そのほうが結果的に良い(ということは、メンタルが正常になる)ことがあることも僕は経験的に知っている。


昔は、うつ病になった場合、大事なこと(たとえば会社を辞めるとか)を決定するのは先延ばしにしたほうが良いと言われていた。(今もそうかもしれないけれど。)

うつの時はとかく悲観的になっているので、会社を辞めたいと思って辞めてしまうと、あとで「もったいない」ことをしたと思うことがあるからだ。

でも、最近は転職なんて、日常茶飯事のことだから、昔ほど、「今、会社を辞めないほうがいい」とは言わなくなったんじゃないのかな。


うつ病は悪化すると自殺することがある。

自殺するぐらいなら、会社を辞めて、休養し、体調が戻ったら、別の会社へいけばいい。

もちろん、うつ病で自殺する原因が全て「会社」によるものではないけれど、少なくとも原因のひとつであるならば、減らしたい。


たとえば、モニターの仕事って、すごく「向き、不向き」がある。

不向きの人がモニターをやっているとうつ病になってしまうこともある。

そんな場合、職場としては、その人をたとえば、監査やQCに異動させる、という手もある。

実はこれは、僕のことだ。

僕はモニターから監査に異動して、救われた。


「うつ病は心の風邪」という表現が使われるようになって久しいが、この言葉には大きな誤解を招くおそれがある。

うつ病は、たしかに風邪のように、誰でもかかるおそれがある病気ではある。

ただし、風邪ではそうそう死なないが、うつ病では自殺がある。(あるいは会社を辞めるとか、普通の風邪ならありえない。)

だから、うつ病は心の風邪だからと軽く考えないでほしい。



もし、今、あなたがうつ病なら即刻、専門医にかかることを強くお勧めする。

そして、絶対に薬で治るからと希望を捨てないで欲しい。

場合によっては、入院が必要かもしれない。

入院すると本人も家族も大変だけど、これは病気を治すための一時的なものだと考えて欲しい。


組織の長や、チームのリーダーも、部下のメンタルヘルスに気をつけて欲しい。

メンタルに問題がある人は、なかなか、自分から「辛い」と言えない場合もある。

だから、あいつ、ちょっと、最近、おかしくないか? と思ったら、是非、声をかけて欲しい。

笑顔が少なくなったとか、疲労感が顔からにじみ出ているとか、食欲がなくなったらしいとか、よく眠れない、というような言葉を聞いたら、専門医にかかるように強く言って欲しい。

うつ病にかかると、病院に行くこと自体がおっくうで、行く気がしないのだ。

必要なら下記のサイトから、施設に電話して欲しい。(本人でも家族でも友人でもいい。)
  ↓
全国の精神保健福祉センター一覧
  ↓
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/mhcenter.html



posted by ホーライ at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 人生について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

機会を活かせ

今週のホーライ製薬は「臨床研究に関する倫理指針」の改正案に関する意見募集の結果について、だけどさ、これは所謂「パブリックコメント」募集の結果です。

事前に臨床研究に関する倫理指針の案を公示して、皆さんから意見・質問を募集したということ。

結構な数の質問・意見が寄せられている。

でも、こういう(パブリックコメントの募集)制度は実は、つい最近始まったものだ。

特にネット上に公開して、意見を求めるスタイルは。

「パブリックコメント」について「総務省」のページによると、以下のとおりです。
   ↓
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/gyoukan/kanri/tetsuzukihou/iken_koubo.html
   ↓
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意見公募手続とは、行政機関が命令等(政令、省令など)を制定するに当たって、事前に命令等の案を示し、その案について広く国民から意見や情報を募集するものです。

これは平成17年6月の行政手続法の改正により新設された手続です。
 
なお、これまでは「規制の設定又は改廃に係る意見提出手続(平成11年閣議決定)」に基づいて意見提出手続(いわゆるパブリック・コメント手続)が行われてきましたが、行政手続法に意見公募手続の規定が設けられ閣議決定の趣旨が引き継がれたことから、平成18年4月1日にこの閣議決定は廃止されました。

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ね? たった、ここ十数年のことなんだよね。

でさ、思ったんだけどさ、昔はどうしていたの? ということ。


きっと昔は「有識者」とか「関係者」だけ集めて意見を聴いたり、場合によっては、製薬協などの傘下の会社に意見を求めたり、とても限定された人を対象として意見や質問を受けていたんだろうね。

今も、そういう形式が残っていることもある。(まったくゼロから案を作るような場合は特に。)


「答申GCP」が公表された当時はその名前のとおり「当局」が「審議会」等に「具申」して、その「答申」としてガイドライン等ができていた。



今はよくなったよね。

上記の臨床研究の指針などに寄せられた質問や意見は、昔は「無視」されていたのだからさ。

今は、どのような立場の人であっても公平に意見を言える機会が与えられている。

だけど、今だに、「社内」で「こういう案のこういうところは何も変わらない」などとブチブチ、グチグチ言っている。

それは反則です。

言いたいことは、公に向かって、言ってください。

そんな愚痴を聞かされる部下や同僚の身にもなってほしいものだ。


現代はネットの時代でもある。

ネットでパブリックコメントが求められる時代。

そういう機会を与えられているのに、そういう機会を知っているのにその機会を使わずに「グチグチ」言っている人は潔く口を閉じて欲しい。

愚痴でも何でも、パブリックコメントに言ったらいい。

或いは、自分で行動を起こすとか。

ブログを作って、そこで自分の主張を堂々と主張すればいい。

ツイッターでもいい。

(ただし、その主張が受け入れられない場合はブログやツイッターが炎上するか、全く無視されるけれどね。)

そういうことが怖い人は、自分の寝室でひとりで愚痴ればいい。(パートナーがいない時に。)

地面を掘って、その穴に向かって叫んでもいい。(その場合は近くの木が聴いていて、その木で作られた笛が勝手にあなたの愚痴を言い出すことにご注意を。)


かつてパブリックコメントに「治験を検索すると高額バイトの治験しかヒットしない現状を変えて欲しい」と厚生労働省に訴えた人がいたけれど、その人はその後、自分で行動を起こして、「正しい」治験の情報をツイッターやブログで流しているだろうか?

posted by ホーライ at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 製薬業界の話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月14日

「焚き木に入れた竹」が弾けた時の被害と「原発」が爆発した時の被害とか。

科学が発達したからこそ起こる「厄災」というのがある。

「石器時代」の戦争と「21世紀」の戦争における被害者の数とか。

「焚き木に入れた竹」が弾けた時の被害と「原発」が爆発した時の被害とか。


ネットが発達して「ウイルス」がばら撒かれたり。

そのおかげで、国が亡んだり、セレブの私生活が暴かれたり。


交通手段が発達し、飛行機が世界を小さくすると、飛行機が小さな、小さな「蚊」を世界中に運ぶ。

すると、昔なら、ある特定の地域での「風土病」等と呼ばれていた病気が世界に蔓延したりするようになる。

ただ、科学は厄災を起こすだけでなく、人類に幸せも呼び寄せるはずだ。

だから、僕らも頑張らないとね。

科学による厄災を防ぎ、予防し、無くす。


そんな世界で僕らは働いている、と思ったりしています。

どう思います?

posted by ホーライ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 治験の仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月06日

自分の存在が許される条件

今週と来週のホーライ製薬は「不正行為」。

人類のあらゆる行為に対して、正しい行為と不正な行為が発生しますね。

子どもの「じゃけん」から最新の「科学」の行為まで。


問題はその行為が「科学」の場合。

「背信の科学者たち」という本があるぐらいだ。
   ↓
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062190958/horaihonoyomu-22/ref=nosim/



僕たちは弱い人間だから、つい、甘い汁を吸いたくなる。

それを吸ってもいい時と悪い時があり、その境が明確であるようなそうでないような、実に微妙だ。

「僕」という1個人の人間の心の中に境界線を引いていい場合と、社会的に既に境界線が引いてある場合がある。

たとえば、自分に課した禁煙を破る場合と、インサイダー取引とのような場合だ。

社会的に許されるかどうか。


新薬開発に関わるデータの捏造は絶対悪だ。

なんと言うか、僕のように世界からみたら、どーでもいい存在な僕だから、せめて、絶対悪に関わりたくないな。

絶対悪を行わない、というだけで、自分の存在が許される、と思うのだ。


posted by ホーライ at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 治験の仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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